ロレーヌの地方菓子

土地の産物を使ったお菓子
○ラム酒風味のババBaba au Rhum
小麦粉に砂糖、卵、バター、イースト、塩を加えて作る発酵生地に、コリント種の小粒の干しブドウとかマラガ産乾燥マスカットなどを加えて、表面全体にきれいな焼き色がつくように焼き、冷ましてからラム酒またはキルシュ酒を加えたシロップをたっぷりしみ込ませたお菓子。スタニスラス・レクチンスキー公の故国ポーランドに、ライ麦で作ったお菓子を甘口ワインに浸したものがあり、これにヒントを得たとも、この辺りのクグロフがパサパサしていたので、スタニスラス公がラム酒をかけて食べたのが始まりともいわれる。名前の由来は、この王の愛読書の1つ『千夜一夜物語』にちなんでアリ・ババと名づけられたが、一般に普及するにいたって短くババとだけ呼びならわされたと伝えられる。

その後ロレーヌ生まれのパティシエ、ストーレーがパリのモントルグイユ通りで店を開き、1836年頃パリにババを紹介した。そのときに、コルクの栓のような形にして売り出したといわれる。一方、パリのストーレーには、創業は1730年であり、アリババとピュイ・ダムールは1730年からの名物と記されている。

Stohrer, Paris

Stohrerのアリババ
サヴァランは干しブドウを入れないババにシロップとラム酒をしみこませ、クレーム・シャンティまたはフルーツをはさんだケーキ。真ん中がくぼんだ丸い形。1845年、「ストーレー」で修業していたとも、サントノーレ通りのお菓子屋「シブスト」で働いていたともいわれるオーギュスト・ジュリアンAugust Jullien(ジュリアン兄弟という説もある)が考案し、1826年に亡くなった美食家ブリヤ・サヴァランをしのんでその名を冠した。
Pierre Herme, Paris
スタニスラス・レクチンスキー公は元々ポーランドの国王だったが、ロシア軍に追われてフランスに亡命した際、レーヌ地方を譲り受けて統治した。無類の美食家であり、ナンシー近郊の居城リュネヴィルの宮廷に多くの客人を招いては、自ら料理を作ってもてなしたこともしばしばあったといわれる。後世に残る数々のお菓子を発案した人物としても有名である。1725年に彼の娘マリー・レクチンスキーがルイ15世と結婚すると、ルイ15世の浮気をくい止めようと、マリーにババ、マドレーヌ、メレンゲなど様々なお菓子を伝えたという。
○コメルシーのマドレーヌ Madeleine de Commercy
帆立貝の殻の形をした、レモンまたはオレンジ風味の焼き菓子。卵と砂糖、少量の塩をよく混ぜ合わせた中に小麦粉、溶かしバター、おろしたレモンの皮を加えて焼く。スタニスラス公が1755年にロレーヌ地方のコメルシーに滞在していたとき、宴会の準備の最中に、料理長とけんかをしてやめてしまったお菓子職人の代わりに、メイド(料理人ともいわれる)のマドレーヌが即興でお菓子を作った。これがとてもおいしかったので、このお菓子にマドレーヌという名をつけ、ヴェルサイユに住むルイ15世妃の娘マリーに送ったところ、宮殿で評判となり、パリで広まった、という説が有力である。しかし、コメルシーのペロタン・ド・バルモン夫人の女料理人であったマドレーヌ・ポミエMadeleine Paumierが考案したという説や、第1帝政時代のパリの美人菓子職人が考案したという説など多くある。いずれにせよ、製法は長い間秘密にされ、ある時コメルシーの菓子職人がびっくりするような高値で買い取ったとか、コメルシーの職人がずっと秘密にしていたとかいわれる。またマドレーヌは、フランスの作家マルセル・プルーストの代表作『失われた時を求めて』の冒頭で、主人公の幼年時代の追憶を呼び起こすという重要な役割を果たしていることで有名。ちなみに日本でよく見る平たい菊型は、本来パン・ド・ジューヌを焼くときに使う型。
 

Galeries Lafayette, Paris
○メレンゲMeringue
卵白に砂糖を加えて固く泡立てた製菓用アパレイユ、またはこれをオーヴンで焼いた菓子。ポーランドに昔からあったマルツィンカMarzynkaという、固く立てた卵白と砂糖を混ぜて焼いた菓子が語源らしい。スタニスラス公からルイ15世妃の娘マリーを通じてフランスに伝わったという。またスイスでもメレンゲの使用が多かったところからベルン近くの町、メイリンゲンMeiringenが語源であるとの説もある。

Mauduit, Paris
ショコラ・ド・ナンシーGâteau au Chocolat de Nancy
チョコレート、バター、卵、小麦粉、アーモンドパウダー、砂糖などからなるチョコレートの焼き菓子。ロレーヌ地方では昔からお菓子にチョコレートを使っていた。アーモンドが香ばしいこのお菓子も有名で、スタニスラス公が自分の名を授けたとか。

○マスコートMascotte
アーモンド、チョコレート風味のパイ。
○パヴェ・ド・ナンシーPavé de Nancy
パヴェ(石畳)=四角の形をしている、厚さ2cm、6cm角のチョコレートケーキ
○ミラベルのタルト Tarte aux Mirabelles
ロレーヌ地方のミラベルはAOCに格付けされている。ブラムの仲間で小さく、緑がかった黄色。タルトに最適。



Nancy
○キッシュ・ロレーヌ Quiche Lorraine
キッシュは、16世紀、アンリ3世の時代にロレーヌ地方で考案されたとされるパイ料理の1つ。この地方ではフェーウーズFéouseとも呼ばれる。かつて5月1日の北国の遅い春の訪れを祝う日の食卓に必ず並んでいた。この料理の作り方とか起源について、1904年プロスペル・モンタニュなど当時の名料理長達が『料理法』というフランスの司厨士協会の機関誌に紹介したこともあって、今では最も一般的なフランス料理である。タルト型にしいた練りパイ生地の上に、下ゆでしてから炒めたベーコンをちらし、グリュイエールチーズ、生クリーム、牛乳、卵、ナツメグなどを混ぜ合わせたものを流し込んでオーヴンで焼く。キッシュはお菓子を意味するドイツ語kuchen「クーヘン」に由来する。

Nancy
○トゥルト・ロレーヌTourte Lorraine
練りパイ生地あるいは折りパイ生地をしいた型に、ワインや香辛料などの漬け汁に漬けて調味した豚肉や仔牛肉の薄切りを入れて、中央に蒸気穴を開けたパイのふたでおおってしばらくオーヴンで焼く。取り出してこの穴から卵、生クリーム、小麦粉などを混ぜたものを流し込んで、さらに焼いたもの。

Kirn, Strasbourg
○フューズFiouse
フレッシュチーズと卵、生クリーム入りのロレーヌ地方のキッシュに似たパイ。
○ヴォートVaute
ロレーヌ地方のパンケーキ。ジャガイモの薄切りを加えることもある。

キリスト教にまつわるお菓子
○ナンシーのマカロンMacaron de Nancy
アーモンドパウダー、砂糖、卵白で作った生地を丸く絞って焼いたお菓子。イタリア、ヴェネツィア方言マッケローネ(maccherone:繊細な生地)が語源。16世紀にアンリ2世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによってイタリアからフランスに伝えられたといわれているが、ロワール地方トゥール近くのコルムリーのマカロンの歴史はさらに古く、791年に同地の修道院で考案したものだという。ナンシーのものは、シャルル3世の娘カトリーヌが建てた修道院で、修道院長の胃に負担をかけないようにと修道女達が考え出したお菓子だといわれている。1792年に革命政府により修道会が禁止されたとき、そのカルメル派の2人の修道女がナンシーにあるアシュ通りの信者の家にかくまわれ、そこでお礼にと作ったのがマカロンである。そのおいしさが次第に町中に広がり、人々はこの2人の修道女をスール・マカロン(マカロンの修道女)と呼び、マカロンと修道女の話は今に語り継がれている。この話にちなんだ「スール・マカロン」という店がナンシーにある。
「スール・マカロン」で教わったマカロンのレシピ
アーモンドパウダー 125g、砂糖 250g、卵白 3個
(ナンシーのマカロンは砂糖を煮つめてから他の材料と混ぜるのが特徴。かりかりと香ばしい。)

★マカロンは、パリ、ピカルディー地方アミアン、シャンパーニュ地方ランス、ポワトゥー地方モンモリオンやニオール、アキテーヌ地方のサン・テミリオンサン・ジャン・ド・リュズ、ベアルン地方ポーなど、フランス各地で作られるポピュラーな地方菓子である。



Maison des Soeurs Macarons, Nancy
○ヴィジタンディーヌ Visitandines
フィナンシェに似た円形または舟型の焼き菓子。卵白に砂糖とアーモンドパウダーを混ぜ、小麦粉を入れ、最後にこがしバターを注いで焼く。フィナンシェは長方形だが、ヴィジタンディーヌは丸い。ロレーヌ地方のサント・マリー修道会(聖フランソワ・ド・サルと聖女ジャンヌ・ド・シャンタルが1610年に設立した隠修道女の会聖母訪問会「Ordre de la Visitation Sainte Marie」)によって考案された。この会の修道女をヴィジタンディーヌと呼ぶ。バール・ル・デュックの菓子職人アンドレ・コルデルさんによると、本来は花のような独特の形の型で焼くのだそうだ。フィナンシェはファイナンス(財務を担当する人)のことで、長方形のお札の形なのだという。
「オ・パレ・ドール」で教えてもらった作り方

Au Palet D'Or, Bar-Le-Duc

コンフィズリ
○ヴェルダムのドラジェDragees de Verdum
子供の誕生や結婚を祝って配る砂糖菓子。アーモンドの粒に白、ピンク、青の砂糖衣をかけたもの。ヴェルダム Verdumでは、12〜13世紀頃から作り続けられている。創業1783年のブラギエ協会Ets Braquierのドラジェが本家本元。
○ナンシーのベルガモットBergamotes de Nancy
オレンジの一種ベルガモットの香りのするハチミツ入りの砂糖菓子。この薄いオレンジ色のキャンディを考案したのは、ナンシーにやって来て砂糖菓子屋を開いたドイツ人のリリーチ。1850年、香水屋で使われているベルガモットのエキスを飴の中に入れることを思いついたのだ。ベルガモットは洋梨の木にレモンの枝を挿し木して作ったといわれる果物。トルコ人がこの雑種の果物をbegarmade「神様の洋梨」と呼んだのがこの名の由来らしい。実はこのベルガモットは、スタニスラス公がたいへん好んだといわれている。今ではこの名を名乗れるのは、ナンシーで3軒だけなのだそうだ。

Maison des Soeurs Macarons, Nancy